羽根野の株日記

パチンコ昔話1

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今日はパチンコの話でも書いてみたいと思います。専門用語も出てくると思いますが、説明は省略させていただきます。今回はご興味のある方のみお読みいただければと思います。今回はパチンコを初めた時から専業時代までの話でも書いてみたいと思います。長くなると思うので何回か分けて書いていきたいと思います。僕はパチンコを初めて打ったのは、まだ昭和の時代で兄に連れていってもらい初めて打ちました。初めて打った機種は覚えていませんが、確か羽根モノだったと思います。最初は負けてばかりでしたが、かなりのめり込んでしまい、毎日パチンコぱかり打っていました。ただ負けてもいつも2~3千円ぐらいで済んでいたと思います。大学に行ってからも、パチンコの事ばかり考えていてどうやって勝てるかいつも考えていました。そして思いついたことが、終了台の開放狙いです。今の若い人は知らない方がほとんどだと思いますが、当時は羽根モノが定量制の店がほとんどで、3000発から4000発で打ち止めになって夕方になってそれを開放するというものです。これを狙って昼は学校に通って夕方から解放台を狙うという作戦です。これでかなり勝てるようになりました。勝てるようになってさらにパチンコにハマってしまって、そこから雑誌を買ったりして、釘読みなどの台の知識を取り入れていきました。ただ釘読みだけはかなり難しく、当時は釘読みだけはあまり出来ませんでした。それでもその時代に買っていた雑誌がパチンコ必勝ガイドで、その時の誌上プロが田山幸憲さんという方です。僕はこの方が大好きでいつも必ず雑誌を買って読んでいました。田山さんは釘読みだけで羽根モノを打つ立ち廻りです。田山さんのように釘読みだけで勝てるようになりたいと思い、毎日打たない日でもパチンコの釘ばかり見ていました。実際に東京の池袋まで行って田山さんを見に行ったことがあります。釘読みのスピードが早かった事を今でも覚えています。それでも僕自身は釘読みだけは全く上達せずに、パチンコもあまり勝てなくなりました。そして大学も卒業して普通に就職することにしました。続く・・・

今回は以上になります。また次回にこの続きを書きたいと思います。

お読みいただきありがとうございました
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