羽根野の株日記

パチンコ昔話2

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前回の続きになります。専門用語が出てくると思うので、興味のある方のみお読みいただければと思います。大学を卒業して就職してからも、パチンコはしていました。毎月の給料でお金は余裕があったので、あまり勝つことを意識することなく遊んでいました。ちなみに一応大卒ですが、大学は誰でも入れるような大学で、就職だけは当時はバブルの時代だったため、いい会社に就職することが出来ました。ただ仕事は人間関係などかなりのストレスで苦痛で耐えられずに会社を辞めてしまいました。ここから僕の転落人生が始まります。その後も転職を繰り返してしまい、無職の期間が長くなってその期間はパチンコばかりしていました。無職なので、貯金もほとんどなかったため、パチンコも徹底して勝つことを意識して打っていました。それでも勝つことは出来ましたが、生活するほど勝てなくなり、また会社に就職することにしました。この時に入った会社は長く続きましたが、その時でも休みはパチンコばかりしていました。当時で30歳過ぎだったと思います。この時は雑誌も買って本格的に釘の知識があったので、釘読みもかなり上達していました。パチンコもトータルで確実に勝てるようになりました。こうなるとパチンコで生活してみたいと思ってしまって、当時は大阪で稼働していたのですが、当時の大阪は換金率が低く、それがかなり不満に思っていました。そして悩みましたが、換金率の高い東京に行ってパチンコで勝負してみようと思い、会社を辞めて東京で一人暮らしを始めることにしました。会社は辞めることは抵抗がなかったんですが、東京での一人暮らしが不安で最初はどこに住んでいいかも分からず、とりあえず新宿に行って不動産屋で家賃の出来るだけ低い物件を探してもらうことにしました。パチンコはどこで稼働していいか分からず、ネットもまだ普及していない時代だったので、とりあえず最初は新宿で稼働するつもりでした。ただ当然に新宿周辺で安い物件があるわけがないので、不動産屋の人には八王子をすすめてもらい、僕もすぐに決めたかったので、八王子に住むことにしました。ここから東京でのパチンコ生活が始まります。今回は以上になります。この続きはまたの機会に書きたいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました
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