羽根野の株日記

パチンコ昔話4

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前回の続きになります。専門用語が出てくると思うので、興味のある方のみお読みいただければと思います。東京から実家に引っ越して、しばらくの間は実家に引きこもって就職するために何か資格を取ることを考えて、宅建を取るために勉強していました。かなり勉強したので合格出来ました。そして宅建の資格を生かそうと思い、不動産屋に就職することにしました。賃貸住宅の営業ですが、僕は性格が内向的なのに、営業職を選んだのはやはり無理がありました。営業成績も悪く、会社から解雇されました。この会社は正社員で入社したので、最後の転職と思って頑張りましたが会社の事を考えると解雇も当然だと思います。この時は確か38歳ぐらいだと思います。この時にもう正社員で働くことはあきらめて、次は派遣会社に応募して、仕事を続けていましたが、この時に休みの日はいつもパチンコ屋に行っていて、釘読みの経験と働いていたので、精神的な余裕があったせいか、パチンコではかなり勝てていました。そして働くことが面倒な考えになってしまって、パチンコを専業でもう一度やってみようと思い、派遣会社を辞めました。この時にもう会社で働くことは全く考えずに、パチンコだけで生活することに集中して、ほとんど毎日休みもなくずっと稼働していました。ただ、釘読みには自信があって、店側の還元している台を打てているんですが、最初はあまり勝てませんでした。この時は確立の分母の大きいCR機種を打っていたので、波が荒く収支も安定しなかったので、安定して結果が出やすい甘デジで稼働することにしました。海物語シリーズの甘デジをよく打ってステージのクセのいい台と釘読みで台を選らんで、月の収支は大きくは勝てないですが、かなり安定していました。ただ、1店舗でずっと稼働することはせずに、複数店舗を使ってローテーションで稼働するようにしていました。1店舗でいい台を釘が閉まるまで稼働した方がいいと思いますが、あまり目立つことは控えて、いつも貯玉で稼働していたので、現金も入れることはなくて、僕自身も精神的なストレスもなくパチンコを打てていました。ただ、今思えば当時はかなり期待値の高い台を打つこともあったので、そういう台はずっと稼働を続けて、釘がつぶれるまで打つべきでした。僕がパチンコで大きく勝てなかった原因はこの精神的な弱さだったと思います。ずっと一人で稼働していたので、帰る時間も自由ですし、稼働せずに遊ぶことも出来ます。もっと稼げる時にしっかり勝って、期待値だけを考えて稼働するべきでした。当時はあまり閉店まで稼働することは少なかったと思います。そんな中途半端な稼働でも月の収支では20万から30万ぐらいは勝てていました。今回は以上になります。この続きはまたの機会に記事にしたいと思います。

お読みいただきありがとうございました
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2 COMMENTS

ぶう

こんにちは、羽根野さん、パチンコ昔話1・2・3・4を拝見させていただきました、ずいぶん悩まれているようですね?私自身もデイトレをどうしようか考えています。まだ、デイトレを始めて一年ちょっとですが、その頃は、まだなんとなく勝てそうな雰囲気がありましたが、今は???の状態です。業界次第でパチンコが勝てなくなって来たように、このデイトレも、機関投資家(一部の個人投資家も)がアルゴリズムやAIをフルに活用している現状ではコンスタントに勝ち続けるのはかなり困難ではないでしょうか?ただ単にデイトレが好きだから、とも言っていられませんよね。アパート住まいか持ち家かによって違ってきますが、一ヶ月の生活費は贅沢しなくとも15~20万円位はかかりますよね?そうなると、最低でも一日1万円以上の
利益を出し続けなければなりません、これはかなり大変ですよね。自分などは1万円以上の利益どころか1万円以上の損失がしょっちゅです(笑)。株取引も、デイトレは完全なる趣味程度にとどめておいて、スイング(以前は無理と書かれていましたが)とか中期などはどうでしょうかね?私も思案中です!

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羽根野モノタロウ

お疲れ様です。僕は夜に仕事をしていますし、少ないですが安定収入があるので、普段の生活は特に問題がないです。デイトレは勝てていませんし、どうすれば勝てるのかずっと考えていますが、やめるかどうかで悩むことはないです。スウィンはもっと検証を続けてからまたトレードしたいと思います。コメントありがとうございました。

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